カーネマンと森田療法(2)
先週はカーネマンは心身一体論は論じていないということを書きました。どうもちょっと違うようです。
それはイデオモーター効果を論じている部分です。
これについては、ジョン・バルフらが行った、早くも古典というべき実験がある。この実験では、ニューヨーク大学の学生(18~22歳)に五つの単語のセットから四単語の短文をつくるように指示する。(たとえば、彼/見つける/それ/黄色/すぐに)このとき一つのグループには、文章の半分に、高齢者を連想させるような単語(フロリダ/忘れっぽい/はげ/ごましお/しわなど)を混ぜておいた。この文章作成問題を終えると、学生グループは他の実験に臨むため、廊下の突き当りにある別の教室に移動する。この短い移動こそが、実験の眼目である。実験者は学生たちの移動速度をこっそり計測する。するとバルフが予想したとおり、高齢者関連の単語をたくさん扱ったグループは、他のグループより明らかに歩く速度が遅かったのである。
この「フロリダ効果」には、二段階のプライミングが働いている。第一に、一連の単語は、「高齢」といった言葉が一度も出てこないにもかかわらず、老人という観念のプライムとなった。第二に、老人という観念が、高齢者から連想される行動や歩く速度のプライムになった。これらは、まったく意識せずに起きたことである。
実験後の調査で、出された単語に共通性があると気づいた学生は一人もいないことが判明した。彼らは、最初のタスクで接した単語から影響を受けたはずはない、と主張したものである。つまり老人という概念は、彼らの意識には上らなかった。それでも、学生たちの行動は変化した。観念によって行動が変わるというこの驚くべきプライミング現象は、イデオモーター効果として知られる。
ファスト&スロー(上) ダニエル・カールマン著 村井 章子訳 ハヤカワ文庫 p99~
ここは心(観念)によって身体(行動)が変わるということを説明している。それも意識していない観念によって。そして
このイデオモーター効果は、逆向きにも働く。ドイツの大学で行われた研究は、バルフらがニューヨークで行った実験をまさに反転させたものである。学生たちは、部屋の中を毎分30歩のペースで5分間歩くように指示される。このペースは、通常の歩く速度の約3分の1である。その後に問題を出されると、彼らは「忘れっぽい」「年老いた」「孤独」などの高齢者に関連する単語を通常よりはるかにすばやく認識されるようになった。このような双方向性のプライミング効果は、整合的な反応を促す傾向がある。すなわち、高齢というプライムを受けると、老人らしく行動する。逆に老人らしく行動すると、高齢という観念が強められる。
ファスト&スロー(上) ダニエル・カールマン著 村井 章子訳 ハヤカワ文庫 p100
身体(行動)から心(観念)に影響があったという実験例である。
すなわち、この部分はまさに森田の心身同一論と同じと考えてよいと思う。
然るに心身同一論は、今日の最も発達せる学問であって、吾人の拠る所である。即ち心身は同一物の両方面であって、只表裏の観方を異にするという迄の事である。
仰も精神とは吾人の生活活動其物であって、此活動を除いて外に吾人は認むべき何者をも持たない。吾人が笑ひ、顔を赤くし、物をいひ、手足を動かす、是等活動といふものを除いて吾人は精神といふものを知らない。
森田正馬全集 第一巻 P369 神経質及神経衰弱症の療法から
プライミングと心身一体論が関係しているというの自分にとって発見であって、森田療法のなぜ効果があるのかという部分で一つの解答となっているような気がする。